同じフロアに、昼食に毎日パンを食べている先輩がいる。
パン屋さんのパンではなく、コンビニに売っているような菓子パンの類だ。
パンが好きなのかな?
直接聞いたことがないからわからないけど、たぶん違うだろうな。
パンの良さは何と言ってもその手軽さにある。
温めたり、お湯を用意したりする手間がない。箸すらも必要ない。
サンドイッチ伯爵よろしく、パンを片手にカードゲームに興じることだってできる。
パンは手軽で最高だ。その気持ち、めちゃくちゃよくわかる。
なぜなら俺も「毎日菓子パン生活」を送っていたことがあるから。
今でこそ妻が弁当を持たせてくれるけど、会社に入ってまだ間もない20代前半だった頃、毎日の昼食は悩みの種だった。
一人暮らし。料理ができない。毎日出前を取るような金銭的余裕もない。
いや、金をかけようと思えばかけられたんだけど、少ない給料の中で昼食の優先度はかなり低かった。
昼食を豪勢にするよりも、他で使いたいところが山ほどある。
早い話、腹が満たされれば何でもよかった。
足は自然にコンビニへと向かい、手は自然とパンに伸びていた。
カップ麺もうまいが、パンの圧倒的手軽さに慣れてしまうとお湯を沸かすことさえ面倒に感じてしまう。
当時よく食べていたパンは次のようなものだ。
- 薄く伸ばしたマヨネーズが全面に塗られているパン
- 楕円形の真ん中に北海道のマークが描かれたチーズ蒸しパン
- 真ん中に入れられた一筋の切れ目にウインナーが挟まっているパン
- 砂糖が平行な線状にかけられている平たく大きな丸いパン
確かにどれも安くてうまいが、毎日これでは誰がどう考えても健康に悪い。今考えるとゾッとするようなラインナップだ。
何か月かそれを続けた頃、さすがに不健康だと省みてパン生活はやめることにした。
しかし、それまでパンを持つことしかしてこなかった俺の手では自炊のハードルは高すぎた。
そこで考え出したのが冷凍食品を使った弁当。
弁当箱を買い、ご飯を詰め、おかずとして冷凍食品を2~3品入れる。
おかずが少ない分ご飯を多くして、ふりかけの力を借りてかきこんだ。
コンビニでパンを選ぶ楽しみが、スーパーで冷凍食品を選ぶ楽しみに変わった。
カップの底に占いが書いてあるグラタン、レモン風味の唐揚げ、味が濃すぎるハンバーグ…
質素であることには変わりないが、菓子パン生活に比べると大きなステップアップだと思っていた。
しかしあるとき、普段は別の部署で働く先輩が、たまたま俺の冷食弁当を見て放った言葉が今も忘れられない。
「なんかあれだな、何て言っていいかわからないけど…かわいそうだな」
初めて見る、本当に何て言っていいかわからないような困惑しきった表情だった。
心底憐れんだとき、人間はこういう表情になるんだと知った。
手間と金と健康面に折り合いをつけて俺なりに考え出した弁当。それがそんな風に言われて心から悲しかった。
それ以来いつも思っているんだけど、他人の昼食をのぞき込んでネガティブなコメントしてくるやつ、マジのマジで余計なお世話だな。
「昼メシそれだけ?ダイエット中なの?」とか
「毎日カップ麺だと健康に悪いよ」とか
言う必要がないその一言、グッと飲み込めんか?
人それぞれ色々な事情があるんだ。何を食べようがほっといてくれ。
俺はこれから先も、同じフロアの先輩に対して「毎日パンですね」などと声をかけることはないだろう。