はじまり -謎の番号からの着信-
2025年11月29日(土)の出来事である。
16時32分、電話帳に登録されていない番号【070-8376-0949】から電話がかかってきた。
保険代理店に勤務している以上、知らない番号からの着信でも必ず出なければならない。
自動車保険に加入しているお客様からの事故報告かもしれないのだ。
フクダ刑事との会話
電話に出てみると、京都府警捜査二課のフクダという刑事さんからだった。
(け、警察?俺なんか悪いことした?詐欺事件などの知能犯罪を扱う捜査二課の、しかも遠く離れた京都府警の刑事さんからいったいなんの用で…?)
なんの心当たりもないが、急な展開に心臓の鼓動が速くなる。
フクダ刑事の話はこうだ。
フ「さたけはじめという詐欺グループの主犯格の男を逮捕したところ、押収したPayPay銀行のキャッシュカードにあなたの名前が使われていた。その口座に残っていた500万円に関して、マネーロンダリングの疑いがある」
さたけはじめ……まったく知らない名前だ。PayPay銀行も開設した覚えはない。
もちろんマネーロンダリングとも無関係だ。なんならマネーロンダリングの意味もなんとなくしかわからないし、どうやってマネーをロンダリングするのかも当然ながら知らない。
(きっとどこかから個人情報が漏れて開設されたものなのだろうから、すぐに無罪放免となるはず)
ただその疑いを晴らすためには、これから1時間くらい電話で事情聴取する必要があるのだそうだ。
こっちも疑われたままでは困るので任意の聴取に応じることとした。俺の協力が事件解決の手助けになれば幸いだ。
フクダ刑事は続ける。
フ「まずは情報漏洩の観点から、まわりに誰もいないところで一人になるように。そしてメモが取れる筆記用具を用意してください」
フ「その詐欺事件の正式名称は【さたけはじめグループ事件】といい、全体で8千万円の詐欺被害が出ています。これから事件番号を言うのでメモをしてください」
フクダ刑事からの電話は非常に電波状況が悪く、ときどき音声が途切れるので正確な事件番号「令和7年(刑)第69号」を聞き取るのに苦労した。
電波が悪くて聞こえにくいのですが。そう申し出ると
「この電話は~~専用なので」
と肝心な部分が聞き取れなかった。よくわからないがそういうものなのだろう。
フ「これから電話を右京警察捜査二課のササキ刑事に転送するので、いま言った事件番号を伝えてください」
フクダ刑事はそう言い残し電話を転送した。
ササキ刑事との会話
ほどなく電話は右京警察署のササキ刑事に転送された。こちらはフクダ刑事の電話より電波がいいので助かる。
ササキ刑事から事件番号を聞かれたので、
「忘れてしまいました」と答えた。
ササキ刑事は「え?」という感じになったので、慌てて
「あ、なんか令和なんとか69号とか言ってました」と伝える。
少し保留にされたが聴取は無事に続けられることになった。危ない。このまま聴取が打ち切られて逮捕なんてことになっては困る。
ササキ刑事からさたけはじめの特徴を伝えられる。
サ「42歳、175cmやせ型、鼻のつけ根のメガネが当たる部分に1cm大のホクロがあるのですが、心当たりはありますか」
やはり知らない男だ。
人の顔を覚えるのが苦手な俺でも、1cmのホクロがあれば覚えているはず。
続いて肝心の口座のお金について、俺のものかと尋ねられた。
どうなのだろうか。ここのところは自信がない。
「口座にお金を入れたのはあなたか」と問われれば明確に言い切ることができる。ノーだと。
しかし「お金はあなたのものか」と聞かれるとそうではないと言い切れない自分がいる。
こういうことはないだろうか。
昔生き別れた俺の親が、
「この先あの子のために何もしてやれないなら、せめて将来のためのお金だけは…」
と俺の名義で口座を開き、毎月コツコツと積み立てた貯金だということは。
まぁ親とは生き別れていないけども。
限りなく低いけど、別にそういう人がいる可能性はゼロではないのではないか。
そう考えて俺は答えた。
俺「俺のお金だったらいいなーとは思います」
どうやらこの答えがまずかったようで、それまで優しかったササキ刑事の口調がキツくなった。
サ「それはどういうことですか?あなたのお金なんですか?」
俺「いや、たぶん違うと思いますけど、俺のお金だったら嬉しいなと思って」
サ「あなた今どんな状況に置かれているかわかってます?この聴取の結果によってあなたが罪に問われることもあるんですよ?」
俺「え、なんでそんなに俺怒られてる感じなんですか。罪って何罪にあたるんですか?」
サ「詐欺罪です。お金があなたのものか、そうでないのか答えはどっちなんですか」
俺「なんでこの段階でどっちか断言しなきゃいけないんですか。さっきたぶん違うと思いますって言いましたよね。調書にそう書いてくれて結構ですので次に進みましょうよ」
ブツッ!ツーツーツー…
え!ちょっと待って!切られた!切られたんですけど!
なんで!?
ヤバくない?
聴取まだ途中だったじゃん!
疑い晴れてないよね?
このまま逮捕されたりとかあるんですかね…
ねぇ俺どうしたらいいですか!?
もう少し遊びたかった
くっそー!
ササキのやろう、いきなり電話切りやがって!
最後まで聞いて、最終的にどんな手口でお金を奪おうとするのか知りたかったのに!
電話の最初に「京都府警ですが」って言われた瞬間から
(ついにニセ警察官からの詐欺電話キターーーーー!!!)
とワクワクしっぱなしだったんだけど、たぶん内心のワクワクが漏れちゃってたんだろうな。
受け答えでちょっと遊んでみたくなっちゃって。
それがまずかったんだろう。めんどくせーなこいつと思ったに違いない。
それにしても貴重な経験ができた。
「本物ですよ」感を出したいがために随所にもっともらしくこざかしいワードを散りばめてくるのがもうおかしくておかしくて。
マネーロンダリング、情報漏洩の観点
こ、こざかしいぃ~~!もっとちょうだい!
令和7年(刑)第69号、鼻のつけ根のメガネが当たる部分に1cm大のホクロ
くぅ〜!やってんなぁ!リアリティいいよ!もっとこざかしく!余すところなくブログに書くから!
そう思っていたのに。
ササキとの別れはあまりに突然。
なんで携帯電話でかけてきたのか、
なんでよく聞き取れない電話でかけてくるのか、
なんで電話を違う警察署に転送するのか、
なんで転送先でこっちが事件番号を伝えなきゃならないのか、
つっこみどころを最後にまとめて聞きたかったのになぁ。
そこでまたこざかしい答えが返ってくるのを期待したのに。
最後には「おまえそんなことばっかりしてて恥ずかしくないのか?まともに働け」と説教して、こっちが気持ちよくなって終わるのが理想。
違う事件の容疑者として再び電話がかかってくることを待つしかないか。
またさたけはじめグループ事件だったら笑いこらえる自信はないけど。
ただやりすぎには気をつけて。
ひるおびっていうお昼のワイドショーでやってたんだけど、
詐欺だとわかったうえで矛盾点にツッコミすぎると
バレちゃあしょうがねぇとばかりに相手が急にブチ切れて暴言吐いてくるケースもあるようだ。
「おまえは馬鹿なのか?こっちは住所わかってんだからな。夜道には気をつけろよ」
なんて捨て台詞を言われるらしい。
おーこわ!
